高専進学の振り返りについて

「後悔するから、高専はやめておけ」って言説をなぜかわからないけれど入学前も入学してからも一定の頻度で見かける。しかも一度だけ直接言われたことがあって、似た話題を聞くたびにそれを思い出してしまう。そして、ちょっと動揺して、いわゆる「にゃーん」な状態になるわけである。あまりこれを繰り返すのもよくないから、また書き出して消化を促進したい。でも、完全に消化できるものではないんだろうなあ1

「高専に入って、よかったと思う?普通校にしとけばよかったんじゃない?」と聞かれたら、「まだよくわからないですね」と答える。聞かれたことはないんだけど、上のような話題を見るたびに心のなかでそう応答するという意味。動揺の原因はこのスタンスにあるのではないか。やっぱり、「高専はいいぞ」「高専はクソ」という二元論の間では、「えっと、よくわからないです」というどっちつかずな態度は自分でも弱々しく感じてしまうところがある。

後悔を口にする人はいるが、在学中はおろか、卒業したとしてもすぐに良し悪しがわかるものなのか、と疑問に思う。個人的には、時間があって、いろいろなことを試せたのはよかったし、気分的にはおおむね楽しい場所ではある。対していわゆる「文系科目」の知識は中学卒業のままで、情報系の専門科目も充実しているとは正直言い難い。ここまでは入学前の予想の範囲ではある(それゆえ低学年の時期に時間を使っていろいろ参加したり、作ってみたりしたわけで)。これからは研究と編入あたりが自分にとって高専生活の良し悪しを決めるものさしになるだろう。

そりゃ自分の選んだ道が正しくないといわれれば不快に思って反論したくなるのはおかしな話ではないし、いまの自分の考え方にもそういうバイアスがかかっているといわれれば口をつぐむほかない。いつかそういった無自覚なバイアスも解けて、思うがままに語れるようになるだろうと思っている。それまでは、待つしかないとも。万が一後々「目が覚めた」としても、そのときはそのとき。


  1. 最近、こういう「やむにやまれず」書くことが増えている気がする。これっていいことなのか、わるいことなのか…。ちょっと落ち込んでいるときのほうが筆が進むというのは、実感としてある。