定期試験の明ける夜に

期末試験が明日で終わる。残るは2教科。はっきりいっていまさら真面目に取り組まなくてもそれほど大きな影響はないし、特段好きな科目でもない。ただ自らの学生の身分を確認して、またその身分を誰かに証明したいかのように、身の入らない復習を進めていた。

資料はオンラインで公開されている。わざわざ保存するのも面倒だったので毎回ダウンロードして見ていた。が、どうも最近は無線LANの調子が悪い。ついさっきから接続できなくなって、資料も全く見られなくなってしまった。かといって手持ちのデバイスをすべて試して無線LANにつなぐ気にもならない。どうせ明日の朝には戻っているし、そのときから復習を再開しても問題がないように思える。

試験期間を特殊な期間にしているのは試験そのものに限らない。試験期間にはみな真面目に勉強するし(ほんとうに真面目な人はその数週間前から勉強を進めているのだが)、そういった姿があらゆる表面に出てくる。教室、食堂、SNS…。自分としても、何か試験に関連することをしなければいけない気になって、冒頭で書いたように身の入らない復習をしてしまう。だから、仮に必要な単位をすべて取ってしまい、試験科目が自分だけ0教科になったとしても、自分にとっての試験期間は試験期間のままであると思う。

また、試験に関連することの他はやらなくてもよいと思いそうになる。勉強に限らず、他になすべきことはたくさんあるのに。そうすると、試験を盾にしていろいろなことを怠り、むしろ普段よりも暇になってしまう。そのうえ、今のように試験勉強さえできなくなってしまったら?あとには何もない。実際、姿勢を変えつつしばらく何もしていなかった。ただ、何もしないといっても、意識は試験のほうを向いている。向いてはいるが、必ずしも試験を見て・試験について考えているわけではない。目の前のカレーを食べながら、カレーの味ではなく明日の天気について考える。そんな感じ。

何もしない状態を保つのは難しい。結局、試験のほうを向きつつも、試験勉強以外のことで時間を潰さなければならない。とりあえず、この前借りたシオランについての本を読む。おもしろい。おもしろいが、試験に縛られた意識を振り向かせてくれるほどではない。つぎに机を拭く。きれいになった。でもそれによって資料がダウンロードできるわけではない。それなら、と数学の教科書を持ってきて、確率の章を読み直す。やっと意識が口を開く。「同じ勉強をするなら、明日の教科をしたほうがいい」そうなんだよな。それができないから困っている。いや、だから、別に困っていない。明日の朝やれば問題ないのだ。そうしてすぐ諦める。

しかし、どうしてだろう、どうにも踏ん切りがつかない。どうしても寝るまでは試験への意識を保ちたいらしい。眠れる時間になるまで、どうにか場をつなぐ必要がある、とぼんやり感じた。その方法を考えるにはエネルギーが足りないということも、ぼんやり自覚する。何をすることもなく、意識の柵の中ひとり夜を楽しんでもいいのかもしれない。試験そのものはとてつもなく重要というわけでもないのに、意識はそこから離れられない。このアンバランスによって、他の重要なことが考えに介入してこないので、気分はむしろ安定している。重要なことについては真面目に考えるから、気分がかき乱されることが多い。この試験はそれらに比べればどうでもいい(あと一日だからというのもある)。

ところで、試験前には掃除をしたくなる、とよく言われる。どうしてそうなるのかはまた今度考えることにして、このことにはある程度同意するし、自分がこうやって文章を書いているのも、まさに掃除の一種だと思う。

そんなことを考えているうちに、案外あっさり眠気が手を差し伸べてきた。少し早いが、ありがたく縋ることにする。早く寝れば早く起きられるのもまた事実だ。